著者インタビュー

[サブプライム]実体経済 影響これから

++++2007-09-29, 日本経済新聞 朝刊 1面
インタビューに答えるグリーンスパン前FRB議長

グリーンスパン前米連邦準備理事会(FRB)議長は日本経済新聞社と会見し、米経済の先行きについて「今後、住宅価格が押し下げられ、(資産価値の目減りにより)個人消費は減速するだろう」と指摘した。信用力の低い個人向け住宅融資(サブプライムローン)市場の崩壊による実体経済への悪影響はこれから本格化するとの見方を示した。(関連特集「世界を語る」を11面に)

金融不安 最悪期脱す

前議長は今年三月時点で米国が景気後退に陥る可能性が三分の一あるとしていたが、状況の悪化を受け、その可能性がさらに高まったと見ていることを明らかにした。

サブプライム問題を機に世界的に広がった信用収縮に関しては「金融仲介システムがほとんど凍結するような極端な状況は緩和された」と金融不安は最悪期を脱したとの認識を示した。ただ「(米国の)住宅価格が予想外に大きく下落するようなことがあれば、第二幕の引き金になる」と述べた。

議長時代のFRBが金融緩和を長引かせたことが住宅バブルの原因、とする批判については「(途上国の貯蓄過剰など)グローバルな要因に伴う世界的な長期金利低下が唯一の理由」と反論した。また「(金融を強烈に引き締めて)経済を不安定にしない限り、バブルの台頭を止めるのは不可能」と強調した。

今回の危機については一九九八年の米ヘッジファンド、LTCM(ロングターム・キャピタル・マネジメント)の破綻に伴う危機に近いと指摘した。また、同危機の際にニューヨーク連銀が米銀に支援を求めた時を振り返り「きわどい決定だった。私には必要性が明確でなかったが、当時のマクドナー・ニューヨーク連銀総裁が間違っているとも言えなかった」と、判断に苦しんだことを明らかにした。(ワシントン支局長 実哲也)

特集──「世界を語る」
バブルは防げない、前FRB議長アラン・グリーンスパン氏

++++2007-09-29, 日本経済新聞 朝刊 11面

米国の信用力の低い個人向け住宅融資(サブプライムローン)問題を機に世界経済が揺れている。震源地の米経済の行方をどう見るか。中国やインドが台頭する中で、世界の経済地図はどう変わっていくのか。米連邦準備理事会(FRB)の前議長であるアラン・グリーンスパン氏に聞いた。(1面参照)

危機吸収する柔軟な経済を

――住宅市場の悪化で米国経済はどうなるか。

「私の判断では米国の住宅の過剰在庫は二十万戸以上ある。サブプライムローン利用者向けの住宅販売が劇的に減ったことが背景だ。新築住宅の品質基準を維持するコストは高いので、幾つかの販売業者は安売りに走り始めた。安売りが今後広がることで、住宅価格は押し下げられるだろう。その結果、新規の住宅建設だけでなく、個人消費にも悪影響が及ぶのは確かだ。個人消費支出の一五%は住宅や株式の値上がりに伴う資産効果によるものだからだ」

――景気後退の懸念は。

「今年三月の時点で少なくとも三分の一の可能性があると判断していた。三月より(状況が)悪化し始めたこともあり、景気後退の可能性はさらにいくらか高まった」

――世界の金融市場に信用収縮が広がったが。

「金融仲介システムがほとんど凍結するような極端な問題はここ二、三週間で緩和された。コマーシャルペーパー(CP)市場も機能し始めている。その意味で第一幕は終わった。問題は第二幕があるかどうかだ。(米国の)住宅価格が予想外に大きく下落するようなことがあれば、第二幕の引き金になろう」

――今回の危機を過去の金融危機と比べると。

「一九八七年の株価暴落(ブラックマンデー)とは、恐怖が価格を決める支配力になったという点のみで似ている。極端な形で流動性不安が起きた点では、九八年の米ヘッジファンド、LTCM(ロングターム・キャピタル・マネジメント)の破綻に伴う危機やロシア危機の方が近い」

――証券化市場が舞台になった初の危機だ。

「問題は証券化市場そのものにはない。(証券化された)サブプライムローンの値付けが適切でなかったということだ。例えば、格付け会社がサブプライムについてもっと低い格付けをしていて、実際にはそれよりちょっと良かったという形になっていれば今回の危機は起きなかった」

中央銀行の対応に限界

――危機がグローバルに広がる時代に金融当局はどう対処すべきか。

「危機は予測できない。バブルの発生を予想したり、それを正常な状況で取り除くのも不可能。重要なのはバブルが崩壊した時に、(その悪影響が)生産や雇用を大きく減らすことなくうまく吸収されるように、柔軟な経済システムをつくっておくことだ」
 「英中央銀行であるイングランド銀行のキング総裁は最も優秀なセントラル・バンカーの一人。彼ですら(中堅銀行ノーザン・ロックの取り付け騒ぎで批判されるなど)問題をうまく乗り切れないなら、だれにもできない。中銀にできることは、皆が思うより限られている」

――予防できないにせよ危機発生後の対応は重要だ。

「今回のような危機になれば、どのくらいの流動性を供給すべきかをしっかりと決めなければならない。米同時テロの時は決済システムが機能不全に陥ったので巨額の資金を供給した。中央銀行間で資金を融通しあうスワップも素早く取り決めた」

――今回の危機も影響してヘッジファンドの規制論が再び盛り上がっている。

「金融市場(の価格)のゆがみを直す役割を果たしているのがヘッジファンドや買収ファンド。規制によって彼らが銀行のように投資を決めるようになれば、二十一世紀の金融の課題に対処できなくなる。仮に規制しようとしてもどうするかは難しい。(財務をチェックしようにも)ヘッジファンドのバランスシートは一夜で変わってしまう」

――住宅バブルの一因は長期金利が非常に低くなったことと見ているようだが。

「(原因の一つではなく)それこそが原因だ。住宅価格の大幅上昇は二十数カ国以上の国が経験している。世界的に長期金利が押し下げられ、住宅ローン金利が下がった結果だ。(冷戦終結や中国の市場経済化など)計画経済の崩壊を機に大量の余剰貯蓄が生まれたことが背景にある」

グリーンスパン前FRB議長

――米金融当局はインフレへの警戒も崩していない。

「(中国の工業労働力の急増など)一九九〇年から二〇〇五年にかけて進んだディスインフレ(インフレ緩和)過程がピークを過ぎた。ディスインフレの要素がはがれてくればインフレ圧力は高まる。すでに一部の分野で世界的にコスト増加が見られる」

――米国の生産性の伸びの低下を懸念する声もある。

「米企業は最近、自社株買いと海外での設備投資におカネを使っている。国内に設備投資の対象があれば、そうしたおカネの使い方はしていないはずだ。生産性の変化に先行するイノベーションがここ一、二年落ちていることを示唆している。ただ、長期的には心配していない」

――中国やインドの台頭で米国の経済的な優位性が脅かされるとの見方がある。

「世界の国内総生産(GDP)に占める米国のシェアが落ちるのは間違いない。しかし、それは(中国など)ほかの国が資本主義的なやり方を取り入れて、成長を伸ばした結果だ。米国の競争力が衰えたことを意味しない」

――米国の競争力の行方には楽観的だ、と。

「そうだ。米国ではイノベーションの波が起きることで、十―十五年単位で見ると必ず生産性を高めてきた。人々が自由で、活発で、強い財産権で守られているために、イノベーションは継続的に起きている」

――技術革新やグローバル化に伴う貧富の差の拡大を懸念する声も増えている。

「新しい発明と歩調を合わせて人々の技術的能力が高まるわけではない。低い技能しかない人は賃金が低下し、高技能の人は給与が大幅に上がっている。民主社会にとっては危険な傾向だ。富が公平に分配されていると人々が思わなければ、資本主義への支持も得られない」
 「教育によって人々の技能を高め、それによって所得水準を上げていくことが重要だ。富裕層への課税で所得を再配分すれば、全体の所得を低くしてしまうだけだ」

――グローバル化が後退する可能性について。

「ありうる。非常に懸念しているのは米欧で見られる保護主義の高まりだ。広がれば、日中など輸出依存が大きい国はもちろん、米国経済にも重大な悪影響を及ぼす」

――地球温暖化への懸念の高まりをどう見るか。

「温暖化が起きている証拠は明白にある。ただ、二酸化炭素(CO2)の排出量を、経済にそれほど大きな影響を及ぼさずに減らせるという見方は正しくない」

――新著ではブッシュ政権の経済政策に不満を示した。

「最大の不満の対象は議会の共和党だ。小さな政府や歳出削減を掲げていたはずなのに、あらゆるプログラムに予算を付けようとしている。ブッシュ政権への不満は、彼らが出した関連法案に拒否権を発動しなかったことにある」

――イラク戦争の本質は石油にあると指摘しているが。

「米政権が石油のために開戦したと言っているわけではない。私にはイラクのフセイン元大統領が中東原油を支配しようとしていることが明白に思えた。原油輸送が止まれば主要国経済は停止しただろう。フセインが引きずり降ろされた時はほっとした」

――二〇〇八年の米大統領選挙の候補たちの論戦をどう見ているか。

「どの候補者も世論調査を見て有権者が聞きたがっていることをしゃべっているだけに見える。これから払う(公的年金などの)給付のメドがついてないうちに新たな給付の約束をしようとしている」

――日本経済の先行きは。

「外からとやかく言うべきことではないだろうが、エコノミストとして見る限り、移民を増やそうとしていないことは日本経済を将来難しい状況に追い込むと思う。生産性上昇や労働人口に限りがあれば成長は鈍くなってしまう」

[インタビューを終えて] 「市場主義者」信念変えず

世界経済の動揺が収まるかどうかの鍵は米国の住宅価格がどこまで下がるかで決まる――。これが長年経済と金融市場を観察してきたグリーンスパン氏のご託宣だ。値下がり方次第では危機は第二幕に入ると警告する。

新たな危機を防ぐための処方せんを巡る議論も活発になっているが、グリーンスパン氏は多くの識者と全く異なる視点を示す。

熱狂とその反動である恐怖意識は「人間の本性」に基づくので、バブルの膨張・破裂を防ごうとするのはそもそも無理と指摘する。また、破裂の傷を浅くしようと、市場にいたずらに介入するのも逆効果と見る。危機の予防や対応のために様々な規制が生まれ、それによって市場の自己修正機能が弱められることを大いに心配している。

議長時代の金融政策が住宅バブルを生み、今回の危機につながったという批判を意識した面もなくはなかろう。だが、根底には徹底した市場主義者としての信念がある。

そうした信念は、どの国よりも市場機能と自由な経済活動を重視した米国の経済システムへの信頼にもつながっている。中国やインドが台頭しても米国経済の強さは揺るがないとする楽観論の根拠はそこにある。

議長をやめた後も経済統計や市場の動きからは目を離さない。ワシントンのオフィスには古い経済統計の本がずらりと並ぶ。「一八六八年の米銀の自己資本比率を調べたら四〇%もあった」とうれしそうに語っていた。

(ワシントン支局長 実哲也)